“世界一難しいスラロームコース”と言われる、スイス・ウェンゲンのスラロームレースが行われ、開幕から4連勝中のジョルジョ・ロッカ(ITA)が、ついに5連勝達成。スラローム戦線を完全に掌握してる。
2位にはカーレ・パランダー(FIN)、3位はアロイス・フォグル(GER)と続いた。
また、日本の皆川賢太郎(アルビレックス新潟)が、4位と自己最高のリザルトを獲得。現在種目別15位、ワールドカップスターティングリストでは、19位。オリンピックまであと2戦、第一シード入りが目の前に迫ってきた。
■□■【Mikio Futatsukaの現地レポート】■□■
ワールドカップ男子スラローム・ウェンゲン大会は、ジョルジョ・ロッカの5連勝に沸いたが、日本にとっては、皆川賢太郎の4位に興奮する1日となった。
1本目は、コースのすべてが日陰となるこのスラロームバーンは、いつもの年と同じように、青氷が所々に顔を出すスーパーベリーハードなコンディションだった。
このコースのポイントは、中盤の長い急斜面だ。ここの難易度は、ワールドカップ随一で、多くの選手を苦しめる。そしてここでのミスは、即コースアウトに繋がる。ここへの繋ぎが、勝負のポイントとなる。
前2戦はリザルトなしのレースが続いていた皆川は、スタート順を26番まで下げたが、滑り自体は決して悪くはなかった。それを証明するかのように、1本目7位のタイムをたたき出した。
皆川は、急斜面でミスしたことを振り返り、「急斜面直前の平の部分で、ここで行っちゃいけないんだよなと思って抑えた。ただ、抑え過ぎて、スピードが落ちすぎた。この遅れを、どこかで取り戻さなきゃと思ってたら、ちょっと失敗した」と語った。
実は皆川、この急斜面直前の短い緩斜面は、今まで苦しめられてきている。タイムの稼ぎどころなだけに、無理なアタックをして、ここで何度も途中棄権していた。しかし「経験」という武器をつけた皆川は、ここではやる気持ちを抑えて、コースをマネージメントしたのが、功を奏したのではないだろうか。
2本目は、コースのほとんどが日に当たり、青氷は一気に緩む。したがって、1本目で上位の選手は逆に不利なコンディションとなる。皆川は2本目は、24番目のスタート。コースの溝も目立ち始めていたが、それを苦にすることなく、見事に攻め抜き、ゴールした時点でトップタイムをマーク。そして最終的に自己最高の4位というリザルトを残した。
「2本目は大きなミスはなし。ポイントが取れて、スタートリストが上がるのが大きい」と淡々とレースを振り返った。2本目のタイムは、0.03秒差で2位のタイム、23番スタートからのタイムと考えると、素晴らしいアタックだったことがわかる。
怪我をして、一時は100位近くまで世界ランクを落としたが、今は完全に復活を果たした。怪我から復帰して、自己最高位を更新したのは、日本人では初めてだ。どん底を味わって、「速いレーサー」から「強いレーサー」へと姿を変え、第一シードも射程距離に入ってきた。
2001年志賀高原大会で、皆川は日本人としては4人目(当時)の第1シードレーサーとなった。しかし、そのレースで途中棄権して、“1日だけの第一シード”となっている。再び、第一シードという輝きを取り戻し、今度は長く留まり続けることができるだろうか。
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